今をよりよく生きるために(2)

本当は空気のように大切な存在であっても、実際には失うまでその大切さを実感できないものがあります。

自分にとっての利害関係者も、その関わり度合いが高いから利害関係者になっているのですが、日々関わっていると空気のような存在になってしまい、そこにいるのが当たり前になってしまいます。そうするとそのありがたみをついつい忘れてしまい、感謝することも忘れてしまいがちになります。

自分の経験からしても、30代のころまでは自分が死ぬなどということを、現実味をもって考えたことが全くと言ってよいほどありませんでした。しかし私が数え年で42歳の大厄の年に母を亡くしてから、死というものをよく考えるようになりました。

母は糖尿病を患った後、脳梗塞になって入院しました。まだ意識がしっかりとしていたときに母は私に、「自分の人生に悔いはない。自分は太く短く生きたい。この後病状が悪化しても延命措置はせずに、逝かせてほしい」と言っていました。

約6カ月間の入院生活の後、母は71歳という平均寿命からすれば少し早い年齢で旅立ちました。意識が混濁し、担当医から母はもうあまり長く持たないと言われてからは、毎日のように病室に行き、何ができるわけではないのですが、付き添っていました。

ちょうど会社を退職してMBAに挑戦し、合格した後でしたので、仕事にも就いていなかったこともあり、時間はたっぷりありました。一橋大MBAの入学式を翌日に控えた日のことでした。母の病室の外には大きな桜の木があり、満開の桜が風景画のように窓を飾っていました。

それまでボーッとしていた母が急に一言、「桜がとてもきれいだね」とはっきりした口調で私に言いました。それまで母は、こちらが何を語りかけてもまともに反応しなかったのですが、このときだけは少し会話ができました。そしてその晩遅くに母は息を引き取りました。

このときから私は明らかに人生を逆算方式で考えるようになりました。元々ゴルフをしていたこともあり、最終ゴール(ゴルフで言えばグリーン上でのカップイン)から考えて最初の一手(一打)を決めるという習慣は身に着いていたと思うのですが、人生についてまでは明確に逆算方式になっていなかったと思います。(続く)

2024年12月12日