次の瞬間、ものすごいスピードで何かトンネルのようなものの中を、死に神と一緒に飛んでいるのが分かりました。「さっ、着きましたよ。まずは地獄からです」と、死に神が地獄の案内を始めました。イメージしていた地獄の様子とは全く違い、暖かくてほんのりと良い香りが漂っています。見渡す限り辺り一面に、いろいろな種類のきれいな花が咲き誇っています。
しばらく歩いて行くと小さな池がありました。その周囲には白い服を着た人たちが座って談笑しています。亡くなった人たちのようです。するとどこからかチリーン、チリーンと鐘の音が聞こえてきました。死に神は、昼食の時間を知らせる鐘だと教えてくれました。池の周囲に座っていた人たちはゆっくりと立ち上がり、同じ方向に歩いて行きました。A君たちも一緒に付いて行くと、やがて大きな食堂に着きました。大きな食卓には、おいしそうなごちそうがあふれんばかりに載っていました。
A君はそれまで気が付かなかったのですが、席に着いている人々は、向かい側に座っている人とそれぞれの右手と右手、左手と左手がひもで結ばれていたのです。自分が食べたい物を取って口に運ぼうとすると、向かい側の人も食べ物を取ろうとするので、引っ張り合いとなって食べたい物が食べられません。結局、だれも何も食べられないまま食事時間の終了を告げる鐘が鳴りました。人々はうつむきながら食堂を出て、とぼとぼと池の方に帰って行きました。
死に神が、「では、天国に行きましょう」と言うと、またすごいスピードでトンネルのようなものの中を飛んで行きました。天国も先ほどの地獄と同様に暖かく、きれいな花が咲き誇り、良い香りがします。やはり小さな池があって白い服を着た人たちが座って談笑しています。こちらもお昼の時間らしく、鐘が鳴りました。皆、食堂に向かうのだろうとA君は思いました。見ると地獄にいた人々と同じように向かい側に座っている人と、ひもで手がつながれています。
A君は、「ああ、かわいそうに。また食べられずじまいですね」と死に神につぶやくように言いました。「まぁ、ご覧なさい」と死に神が小声で答えます。するとどうでしょう。向かい合わせに座った人たちは、相手に向かって何が食べたいか聞いています。そしてそれを箸で取り、相手の口に運んであげているではありませんか。これを順番に繰り返し、ごちそうを平らげて食事の時間は終わりとなりました。
「同じ環境、同じ条件でも人の心のあり方次第で、そこは天国にもなり地獄にもなるのですね」。A君が何か悟ったかのように、死に神に言いました。振り返って見ると、死に神の姿はもうそこにはありませんでした。