職場で嫌なことがあってムシャクシャしたA君は、風邪を引いたと会社にずる休みの電話をして、もう一度ベッドに入りました。お昼近くになり、けだるさの中に罪の意識を感じながら目が覚めました。
朝昼兼用の食事を取ろうと近所のカフェに向かい、誰もいない道を歩いていると、目の前に突然、見たこともない恐ろしい人相をした黒マントの男が現れました。A君は思わず、「うわっ」と声を上げて後ずさりしました。
突然現れた男は、その形相に似合わず優しい声で、「あっ、ごめん。驚かせたね」と言うと、「私は死に神です」と自己紹介しました。A君は、事態が飲み込めず「しっ、しっ、死に神ぃ?」と言うのが精一杯でした。
「そうです。私が死に神です」と、その男は志村けんの「変なオジサン」の物まねをしながら言いました。
このおどけた言い方に少し緊張がほぐれたA君は、その男に聞きました。
「死に神さんが一体、僕に何の用事ですか。まさか、もうすぐ死ぬのでしょうか?」
「いやいや、あなたはまだ寿命はありますよ。いつ死ぬか知りたいですか?」
「いえいえ、結構です。知りたくありません。それで一体何の用事ですか?」
「いやぁ、ちょっと暇そうな人を探していましてね。今、お暇ですか?」
「えっ、ええ。暇と言えば暇です」
「天国と地獄を見てみたいと思いませんか?」
「てっ、天国と地獄ですか?」
「ええ、そうです」
A君は会話をしたせいか、だいぶ落ち着きを取り戻しました。冷静に考えてみれば天国や地獄を見てみたいかなどと言っている、この死に神と名乗る者自体が怪しく思えてきました。
よし、それなら試しに、天国と地獄を見てみたいと言ってみよう。どうせできるはずがないし。何かのドッキリ番組かもしれないしな。A君は心の中でそうつぶやくと、死に神に対して言いました。
「はい、見てみたいです」
(続く)