GEに転職するまで勤めていた日本企業では、そういう言葉を掛けてもらうことも少なかったのですが、たまにそういうことを言われたとき、本気にして上位職位者を頼ると、「ムッ」とした表情になる人ばかりだったからです。
ところがGEのリーダーたちは違っていました。私が遠慮していると察したのでしょう。私が何か作業をしていると、向こうから寄ってきてその作業を手伝ってくれたり、私が気付かないで見落としているようなことを先回りして処理してくれたりしました。
さらに驚いたことは、私が1人で重い荷物をいくつか運んでいたときに、お客様の参加者たちが手伝ってくれたことです。GEのリーダーのみならず、一流企業のトップになる人たちは違うなと実感したものです。このことだけではなく、私がこのプログラムの責任者として携わった年の間、このような出来事を実に多く経験し、また目撃しました。日本の大企業の経営トップになるような人は、その瞬間に自分が何をすべきか感知したら、肩書きや地位、プライドなどというものは関係なく、なすべきことをなすのです。
古典的な日本企業で育った私は、社長を務めるような「エライ」人にコピーを頼んだり、それをホチキスで留めたりするようなことを頼んではいけないものだと強く思っていました。しかし、GEでその後働くことで理解できたのですが、その人が務めている役割には権限が付随していますが、その権限の大きさが職位によって違うというだけで、その人物まで職位に応じて「エライ」とは限らないという見方があるということです。
よくある誤解は、高い地位の人は大きな権限を持っているので、人間としての価値まで下々の者よりも高いのだというものです。これはその本人および周囲の人が同時に陥ってしまいがちな誤解です。こうなると、自分が今置かれた状況の中で何をなすべきなのかといったような視点はなくなり、常に王様のように振る舞いたくなります。こういう人の行き着く先は「裸の王様」です。
GEのリーダーたちは、自分の日常の社長という役割ではなく、お客様向けプログラムというプロジェクトにおける自分の役割を認識し、その役割を果たそうとしてくれたのです。その切り替えがあまりに見事であったことに、私はとても感銘を受けました。
人の上に立つような人が謙虚さを失う瞬間というのは、自分がだれかのフォロワーでもあるということを忘れた瞬間かもしれません。自分が果たすべき役割を、意識を集中してしっかりと認識し、頭だけではなく行動も瞬時に切り替えられるリーダーであり、フォロワーになることは、なかなか容易ではありません。しかし、組織がその2つの役割で成り立っているのであれば、そうなれるようチャレンジしたいものです。