今をよりよく生きるために(3)

母の死以前は、自分のキャリアについては最終ゴールを独立したコンサルタントになるということで設定していましたが、その先までは考えていませんでした。

年齢的にも人生の折り返し地点(平均寿命まで生きられればの話ですが)に差し掛かり、何歳で死ぬかという年齢的な仮のゴールを設定し、そこから逆算して人生を計画し直しました。

その際に、以前受講した研修で体験した次のような演習を思い出しました。「ふと気がつくと、あなたは車を運転していました。向かっている先は葬儀場です。そこには大きな遺影が飾られています。よく見るとそれはあなた自身でした。さて、あなたはだれにどのような内容の弔辞をもらいたいと思いますか」というものです。

私はこの演習を通じて恐ろしいことに気付いてしまったのです。家族と友人からの弔辞の内容が非常に空虚だったのです。会社関係の弔辞については、こういう内容のことを言ってくれるのではないだろうかと、ある程度自信がありました。ところが、家族と友人からの弔辞を書いてみたところ、自分ではこういうふうなことを言ってもらいたいと思いつつ、そのようなことを実際には言ってもらえないだろうなと確信に近い思いを抱いたのです。

このことを転機に、私は自分の行動を改めました。MBAの1年目は大変忙しいのですが、それでも長い夏休みがありますから、忙しさを理由にあまり遊ぶことができなかった子供たちと、平日の昼間からいろいろなところに遊びに行きました。

40歳を過ぎたオジサンでも大学院生の学生証を持っていますから、レジャーランドなどで親子そろって学割を適用してもらうという、なかなかできない経験もしました。遊びに行った先の入場券売り場のスタッフは、私の学生証をまじまじと見ていましたが(笑)。

さて、こうした「罪滅ぼし」をしつつ、弔辞の内容を踏まえて自分は何をすべきかと自問しました。自分の人生の最終ゴールを独立したコンサルタントになることから、死ぬことへと変更したので、中間目標と時間軸が変わりました。(続く)

2024年12月16日