GEクロトンビルが従業員に提供する研修メニューの中で最も人気があるのはプレゼンテーション研修です。
GEでは稟議書は用いず、一発勝負のプレゼンテーションによって意思決定が行われますので、プレゼンターは当然のごとく自分のプレゼン・スキルを高めたいという動機を持ちます。
プレゼンはPower Pointのスライドを用いる公式のものから、1分間で上司を説得するもの、エレベーターでたまたま乗り合わせた上司の上司に対してプロジェクトのアップデートを行うものなど全てを含みます。
時にプレゼンテーションがその従業員のキャリアを決定することもあります。実際私はそうした「現場」に立ち会ったことが何度もありました。従ってプレゼン研修が人気であるというのは、単にスキルの向上だけではなく、その先にあるキャリアを開発することにも関連するという意味合いを持ちます。
私はこのクロトンビルのプレゼンテーション研修のマスター・トレーナーの資格を持っています(GEを退職してもその資格は有効です)。マスター・トレーナーというのは、特定の研修を教えるトレーナーの認定を行うことができるトレーナーのことを言います。クロトンビルが世界で実施する研修のトレーナーになるためには、GEの従業員であろうが社外のコンサルタントであろうが、ひとつひとつのコース毎に行われる資格認定試験にパスしなければなりません。マスター・トレーナーは、その認定試験を行い、合否判定をすることができるトレーナーということになります。
GEにいたときは、プレゼンテーション研修の認定試験については、私がアジア太平洋地域を1人でカバーしていましたので、日本はもちろん中国、韓国、オーストラリアなどいろいろな国に出向いて認定試験を実施しました。
トレーナー候補者は、マスター・トレーナーが割り当てた研修の特定部分について、他の候補者たちを参加者に見立てた会場でトレーナーとして実演をします。その様子をマスター・トレーナーが評価するということになります。
合否判定を行う基準は全世界で全コースについて統一されています。こうした標準化はトレーナーの品質管理には欠かせない要素です。例えば研修の「コンテンツについての知識」という評価基準については、そのコンテンツについての知識を十分に持っていることは言うまでもなく、自分の経験に基づいた生きた事例を用いてコンテンツで使われているコンセプトやモデルについて説明できるかというレベルまで求められます。
他には「ファシリテーション・スキル」、「プレゼンテーション・スキル」、「フィードバック・スキル」、「キュレーション」などの評価基準があります。そしてそれぞれの評価基準ごとにチェックリストがあり、マスター・トレーナーはそうした細かいポイントを見ながらトレーナー候補者を評価しつつ、同時に全体的な様子も評価します。
私もトレーナー候補者としていくつもの認定試験を受けましたので、評価を受ける側の人たちが実演でいかに緊張するか、また通常業務をこなしながら試験の準備のために時間を費やす大変さについては痛いほど分かります。しかし、だからといって認定の合否判断を甘くすることはできません。とくにプレゼンテーション研修は、教える側のトレーナーのプレゼンテーション・スキルがお粗末では、それこそ冗談にもなりませんから、残念ながら不合格者を出さざるを得ないこともあります。
何人かの女性候補者は、私が不合格と伝えその理由を説明していると、涙を流しました。私の言葉によって目の前で人に泣かれるのは決して良い気分がするものではありません。私が合否判定をする際の大きなポイントは、前述の評価基準に加え、「準備の程度」です。実際に認定トレーナーになった場合、いかなる理由があろうとも用意周到な準備をすることが求められます。
認定試験に臨むに当たってその準備を怠るような人は、認定後の実践においても準備不足のままで研修を実施します。これは絶対にあってはならないことです。プレゼンテーションについてもそうですが、多くの人はスライド作成にほとんどの時間を費やし、リハーサルなどの準備に時間を使いません。認定試験では実演で評価されるのに、トレーナーのマニュアルを読んで記憶するだけでうまくいくはずはありません。
認定試験を受け晴れてトレーナーとして認定されても、すぐに一本立ちして単独で研修を実施できるとは限りません。多くの場合、最初の1-2回は経験を積んだ先輩トレーナーと一緒に研修を実施します。その間は先輩トレーナーからいろいろなフィードバックをもらうことができます。
問題はその後です。1人で研修トレーナーを務めると、参加者からフィードバックをもらえるものの、それはあくまで研修の素人としてのフィードバックになります。もちろんそうしたフィードバックは大切ですが的外れな指摘が結構あります。従って専門的な立場からのフィードバックをもらうことはとても重要です。
GEにいたとき私はよく、空いた時間を利用して事前通告なしに研修会場に入り、後方の席からトレーナーを観察してフィードバックを与えていました。もちろん私もすすんで私の研修をオブザーブに来た認定トレーナーたちからフィードバックをもらうようにしていました。