職業としての人材開発

「好きこそものの上手なれ」といいますが、どんな職務でもその仕事について興味関心をどの程度持っているかによって、そのパフォーマンスは変わってくるものです。なぜなら興味関心の度合いによって、コミットメントの度合いが違ってくるからです。私は多分、珍しいケースかと思いますが、17歳の高校生の時に企業で人材開発の仕事をしようと決め、その実現のために産業教育のゼミがあった早稲田大学の教育学部に行きました。

いろいろな日本企業で人材開発を担当している人たちの多くは、本人が希望したかどうかは別として、人事異動によってその仕事を担当することになったケースが多いと思います。つまり、学生時代から自分は人材開発のプロとしてキャリアを積んでいこうと考えて会社に就職する人は少ないのではないでしょうか。

もちろん、会社で営業や生産、経理などいくつかの職種を経験してから人材開発を担当するということは効果的です。私も研修の営業や広報などといった切り口から人材開発を考えることができたのは貴重な経験だと実感しています。ただ残念ながら、ほんの数年間だけ人材開発を担当して、また違う部署に異動するという場合、人材開発の本物のプロの領域には達することはできないでしょう。

他の部署から人事異動によって人材開発の面白さややりがいを知った人の中には、異動によって次の別部門に移るのを良しとせず、研修ベンダーなどに転職する人が結構います。人材開発に限った話ではないのですが、「この仕事が好きだ」という気持ちは、プロとしてその専門性を確立する大きな動機になります。しかし問題は、「なぜ好きか」ということです。

残念ながら人材ビジネスの世界には、「簡単にお金儲けができるから好きだ」という人が多く存在します。設備投資も何の資格も必要とされず、名刺を一枚作れば誰でも参入できます。もちろん実績がないと最初の内は大変かもしれません。しかし、実に有象無象がわんさかとうごめきながら、なんとか生活しているということは、この業界の利益率が高い証拠でしょう。

そうした金儲けを目的としている人たちも、最初は人の成長に関われる仕事をして何か貢献したいといった高邁な信念や目的があったのでしょう。それがだんだんと会社が大きくなって従業員を雇い、そこそこ立派なビルに事務所を構える。そのために銀行から借金をする。経営が苦しくなるときもやってくるでしょう。そこからだんだんと金儲けが目的になって、研修がその手段となってしまうのです。

いろいろな研修ベンダーを約30年間見てきましたが、実に倫理観に欠ける人たちが多いことには驚かされます。いずれの職種においても倫理性は求められますが、人事・人材開発の領域はとくに必要です。なぜなら人事・人材開発は、従業員の人生に触れる(関わる)ことになるからです。

"HR touches people's lives." 私が2000年に日本人材マネジメント協会を設立したとき、米国人材マネジメント協会の理事長であり世界人材マネジメント協会の会長であったマイク・ローシー氏から言われた言葉です。

好きな仕事をできるというのは幸せなことです。仕事が好きだということも幸せなことです。しかし、ただ単に好きであるだけでは不十分で、好きな程度と同等かそれ以上に倫理観もしっかりと持つ必要があります。当たり前の話なのですが、仕事が好きだという人の話を詳しく聞いてみると、倫理性が欠如しているケースが最近多くて、これは問題ではないかなと思う日々です。

好きなことをしていると視野狭窄に陥りがちです。私たちは時々立ち止まって、仕事がなぜ好きなのか、あるいは嫌いなのか、その理由を掘り下げて考えてみる必要がありますね。

2024年06月20日