快・不快という情動を操る

GEで働いていたとき、年に2-3回韓国に教えに行きました。海外に出張したときは、その言葉は分からないものの、できるだけ現地のテレビを見るようにしていました。韓国のドラマやバラエティー番組を何気なく見ていたとき、ふとあることに気付きました。

それは、CMに入るときの番組の内容というか流れが日本のそれとは異なるということです。日本の場合ですと、CM直前に盛り上がりを見せておいてプツッと切り、CMに入ることが多いですね。CM後にもう一度CMに入る直前のシーンを繰り返して、そして視聴者が期待していたシーンへつなぐという流れがとても多く感じられます。

ところが韓国の番組では、内容が盛り上がって、その場面が一区切り付いてからCMに入っていました。これは言葉が分からなくても見ていれば分かることです。翌日、研修の参加者にその発見について聞いてみました。そうしましたら、「盛り上がっている最中にもし日本式にCMの直前でプツッと切ってしまったら、テレビ局に苦情が殺到することになる」と。なるほどねと、私は単に日本人の辛抱強さに感心したものです。

その後、脳科学をベースにしたリーダーシップ研修を行うようになって、情動(emotion)と記憶についていろいろと知見を得るようになり、日本式のCMの流し方は企業にとってマイナスであることが分かりました。

テレビの制作側からすれば、盛り上がったところでCMを入れれば、視聴者はチャンネルを変えないでCMをそのまま見てくれるだろうと考えていると思います。しかし、恐ろしいことに視聴者の脳内では、プツッと話を切られたことによって「不快」という情動が無意識に湧き起こっている可能性が高いのです。その不快な情動が脳内に充満しているところにいろいろな製品のCMが流れると、その製品に対して否定的な印象が無意識に刻み込まれて(=記憶されて)しまうことになります。

この無意識が怖いのです。情動と連動した記憶は深く刻み込まれるという特徴があるためです。例えばスーパーで買い物をするときに、テレビの山場のいいところを邪魔した製品を回避するという行動を無意識にとってしまう可能性があるのです。ある調査によれば、テレビの山場にCMが入る割合は日本が40%、アメリカ14%、イギリス6%、フランス0%だそうです。私たち日本人は、エサを鼻の前に持ってこられて「お座りっ! 待てっ!」と言われている犬のようではありませんか。

この気付きをきっかけとして、私は研修の方法をガラッと変えました。参加者の情動を揺さぶって「快」な状態を脳内に作り出し、そして大切な事を記憶させて行動に転換してもらうという手法です。その後、「快」と「不快」を交互に脳内に起こさせて研修に"うねり"をもたらすというジェットコースター・トレーニング(笑)にたどり着きました。

1日や2日間程度の研修でしたら参加者にとっても短期間ですので、普通に研修をしても集中力という観点からすると、その運営はあまり難しくありません。しかし、私が当時担当していたのは2週間ぶっ続けの上級幹部向けの研修で、同じメンバーと2週間泊まり込みです。しかも研修に対して"目が肥えた"連中ですから、ちょっとやそっとではこちらの言うことを聞いてくれません。日本企業では連続3日間のリーダーシップ研修に対してさえ、強い難色を示します。GEではリーダーシップ研修は、最低でも5日間連続で、上位クラスの研修は3週間連続です。

私は2週間連続のコース責任者であり講師でもありましたが、その経験は大変貴重なもので私の大切な財産です。
そのコースでも参加者の情動をいかに揺さぶるか、右脳と左脳を使うバランスをどのようにするかなどに気を使わなければ、参加者の研修に対する集中力を2週間持たせられません。短期間の研修だけをしていた頃には得られなかった学びが、長期間連続の研修で得られるというのは、主催者だけではなく参加者にとっても貴重な財産になります。

2024年05月28日