トレーニングというのは、もともとはその人が果たすべき職務に求められる知識やスキルと、その人が保有している知識やスキルとの間に存在するギャップを埋めるために始まったと言います。
至極当然のように思われるでしょうが、トレーニングを企画・実施する際にはとても大切な出発点であると思います。この考え方を踏まえると、新入社員研修はもとより、昇格時に行われる「新任〇〇研修」などの研修は、その趣旨がとてもよく納得できます。
課長になった人や役員になった人が最低限知っておくべきことやできなくてはならないことを学ぶわけですから、大学の科目で言えば必修科目のようなものです。しかし私の経験上、この昇格時研修に参加する人たちの、こうした「必修科目」研修に対するモチベーションは必ずしも高くない、という不思議な現象が観察できます。
これは一体なぜなのでしょうか。私なりにこの問題に対して回答するとすれば、さまざまな切り口から回答できますが、本日は最近凝っている「サプリメント」に例えてお話したいと思います。
横道にそれますがサプリメントと言えば、DHC(笑)。別に広告料をもらってといるわけではありませんが、お手頃な値段で実にいろいろなサプリメントを販売しています。研修で戦略論の話をするときよく、「DHCは何の略でしょう」という質問をします。「誰でもヘルシーになれるカプセル」というDAIGO(語)ではありませんよ(笑)。これは「大学翻訳センター」の略ですね。もともとは委託翻訳業務から出発した会社です。
雑談終了。さて本題に戻りましょう。サプリメントは、具体的に体のどこかがおかしい、病気ではないかといった症状が出ているから飲むわけではありません。もしそうした症状が出ているなら病院に行って治療をしてもらうことになります。内科的な問題でしたら薬を処方してもらって飲むことで、病気を治すということになります。
ではなぜサプリメントを飲むのでしょうか。健康保険も適用されませんし、確定申告で医療費控除の対象にもなりません。逆に医薬品であっても、健康増進のためのものは同様に医療費として控除の対象になりません。
そこで質問です。「あなたの会社で実施されている研修は、治療薬でしょうか、サプリメントでしょうか」。
税金問題で費用として計上できるとかできないとかという観点からの質問ではありません。
研修参加者は、
①自分はあきらかに病気である(変な意味ではなく)と認識している「患者」なのか、
②とくに病気という「自覚症状」はないという人たちなのか、という観点です。
前者については、自分で症状を自覚しているのですから自ら病院に行き、病気を治そうという動機が働きます。
研修においても、例えば管理職として部下とうまく接することができていないとか、プレゼンが下手でいつもコンペに負けてしまっているとか、そうした人たちであれば参加者として自分が抱える問題を解決しようと積極的に取り組みます。
問題は後者です。私は「自覚症状」と書きました。自分では病気の症状はないと思っているわけです。他人から見たら明らかな病気であっても。こうした人たちに薬を飲め(研修を受けろ)と言っても、前向きにならないのは当たり前です。自覚症状がない人たちが多い会社は、フィードバックの仕組みや組織文化がないことがほとんどです。360度評価をしても儀式のようになっていたり。そうしたシステムだけ導入しても実際に機能していなければお金の無駄です。
病気にかかりにくい体を作るためには、普段の食事と運動が大切なのは当たり前です。これを人材開発の観点から考えればOJTに当たります。OJTで足りない部分は、Off-JTで健康体の人には病気を未然に防ぐサプリメントとしての研修を実施する、病気の人には治療薬の研修を実施するといった使い分けが必要です。そしてそのことを研修以前に本人に知らせることがもっと大切です。
多くの「必修科目」研修に参加している人たちは、「自覚症状のない『未病』(体や心の病気が発症していない予備軍)の人」たちだからです。また、実際の研修では最初に「健康診断」(アセスメント)をして、自分は病気にかかっているかどうか自覚を促す必要があります。自分は健康だし、これからも問題ないと思っている人は、薬もサプリメントも飲みません。