大学で教えてほしいという要請を受けて、その打ち合わせのために私に声をかけてくれた教授と話をしていたときに、久しぶりに「読み書きそろばん」というフレーズを耳にしました。
どのような授業内容にすればよいのかという話し合いの中で、昔の「読み書きそろばん」という基本スキルを現代的に解釈すれば、それは「調査、分析、まとめる」ということになるだろうと教授が説明してくれました。
私の担当はいわゆるゼミでしたので、少人数の学生に対して講義をするだけではなく、学生による自主活動を織り込むというのがポイントになります。その概要は、ビジネス・パーソンを授業に招いて企業事例を話してもらったり、企業訪問をしたりと実践的な内容にしました。
そこでふと思ったことがあります。日本古来の考え方である「読み書きそろばん」には、「聞く」と「話す(伝える)」がないなと。考えてみれば当然の話で、「聞く」ことや「話す」ことは、特別習わなくても生活の中で自然と身につくスキルです。
一方、「読み書きそろばん」は自然と身につくスキルとは言えません。それらが江戸時代の昔から初等教育の基本的な教育内容とされた理由も納得がいきます。しかし、現代のビジネス社会で問題となっているのは、「聞く」と「話す」スキルではないでしょうか。
もちろん現代版「読み書きそろばん」ならぬ「読み書きパソコン」は大事です。しかし、生身の人間を目の前にしたときの「聞く」と「話す」スキルが、SNS全盛時代にあってその重要性がますます注目されています。
企業が新入社員に求める能力などという調査を見ますと、必ず「コミュニケーション・スキル」という項目が入ってきます。これは新入社員のみならずビジネス・パーソン全般に求められる大切なスキルであるという認識の表れでしょうし、ますます強化しなくてはならないスキルであるというメッセージでもあると思います。
私はビジネスで起こっている問題の根本的原因の60%から70%はコミュニケーションにあると考えています。
コミュニケーションが重要なスキルであると会社が認識して、研修やOJTなどさまざまな取り組みを展開しているのに、そのコミュニケーションを原因として多くの問題が起こっているのはなぜなのでしょう。
おそらくそれは、コミュニケーションの本質を知らずにそうした研修や施策を講じているからでしょう。
多くの会社は「間違ったことを正しく実行している」のです。
話を「読み書きそろばん」に戻しましょう。これを単に「文字が読める」「文字を書ける」「そろばんが使える」というスキルの獲得を狙いとした標語と理解すると、コミュニケーションの本質を知らずに研修をしたり、さまざまな施策を展開したりしている企業と同じ過ちをおかすことになります。
「読み」は、書き手の真意を正しく把握することができるか、またそこに書いてあることは本当かと考えたり、自分の経験と照らし合わせたりしながら読むこと。「書き」は、自分の真意が相手に正確に伝わるように読み手の立場に立って書けること。「そろばん」は正確に数字を把握して正しい結果を導く計算ができること、というふうに解釈できます。「聞く」や「話す」は当たり前すぎて、ことさら強化すべきスキルとして学校教育では長年にわたって注目されてきませんでしたが、近年は様子が違ってきているようです。
うちの子供たちも高校生の頃からパワーポイントを使って調査研究した結果を発表していました。これはこれで素晴らしいことだと思いますが、社会人になってプレゼンテーションをするときに「パワポ依存症」患者を大量製造することにならないかと心配しています。まず「ストーリーテリング」を教えてあげてからパワポですよね。
そもそも「話す」の前に「聞く」ありきですから、まずは「アクティブ・リスニング」を教えてあげなくてはいけませんよね。