私は長年、知的共感と情動的共感の両方がなければ、人は動かないと考えてきました。つまり、誰かが言っていることがデータや事実に基づいていて、それが論理的であるといった条件がそろえば、相手は知的には共感してくれるでしょう。
しかしそれだけでは、誰かが言ったことが実行に移されるとは限りません。人間は感情の動物ですから、情動的な共感が得られなければ、「よし、やってみよう」という気持ちになかなかなれないものです。研修ではこのことを、「人は頭で理解しても、心で納得しなければ手足が動かない」と表現しています。よくある思考法の研修などでは、例えば論理的思考を鍛えるといったものなどが、知的共感を高めるためには効果的かもしれません。
一方、情動的共感を得るために必要な研修は、あまり意識されていないためか、あまり聞いたことがありません。そもそも共感能力の重要性について、リーダーシップ研修などで取り上げられることが少ないのではないでしょうか。その影響なのか、「部下に対して共感していてはリーダーシップを発揮することはできない」だとか、逆に「ハラスメントで訴えられるのが怖いから、共感しすぎてしまって何も指示できない」といった極端な事象も見られることがあります。
そもそも脳が2者以上の間で「同期」して共感を生み出すためには、「同じ時間」「同じ空間」「同じ目的」を共有する必要があります。共感を生むためには、うなずきとアイコンタクトも大切になります。うなずくことは、コミュニケーションの神髄であるリズム同調をもたらしますし、アイコンタクトは共感に作用するホルモンであるオキシトシンの分泌を促します。
コロナ禍およびそれ以降、リモート会議で経験したことがあると思いますが、リモートは同じ空間を共有しませんし、やり取りのタイミングもずれてしまいがちです。こうした環境では、共感は生まれにくくなります。対面でのコミュニケーションでは、話し手の交代数、つまりラリーが多く、脳波の同期も多くなりますが、リモートではラリーが少なく、同期の頻度が下がってしまいます。
単なる知識付与の研修ではなく、参加者の意識や行動を変革することを目的とする場合は、リモートではなく対面の研修が効果的である理由がここにあります。せっかくの対面研修を実施するのでしたら、知識を提供して知的共感を得るだけでなく、アイコンタクトや身振り手振りなどプレゼンテーションに工夫を凝らすことで情動的共感を生み出して、参加者の意識変革や行動変容を促進するようにしたいものです。